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​次世代ブログ

【目醒めよ】共同体感覚と幸福から見る崩壊した日本社会

沈んだ日本

息苦しい…。


今の日本には、ぴったりの言葉。まるで深海にでもいるかのような、息苦しさ。そう感じているのは私だけではないはずです。物質的には豊かになったはずなのに、心は満たされない。SNSを開けば、無関係な人間のキラキラ生活、誰かを攻撃する言葉で溢れ、リアルな繋がりは希薄になっていくばかり。私たちは、いつの間にか深い「孤独」の中にいるのではないでしょうか?


家族の形も変わり、地域の繋がりも無くなり、人々はバラバラに分断されていく。隣にいる人の顔さえ見ようとせず、画面の中の虚像を追いかける。互いを信頼できず、些細なことで対立し、足を引っ張り合う…。これは、果たして健全な社会の姿なのでしょうか?


もはや「崩壊」という言葉すら、大げさではない。しかし、このまま諦めてしまって良いのでしょうか?私たち日本人が、本来持っていたはずの温かい繋がり、支え合う心を取り戻すことはできないのでしょうか?この記事では、心理学者アドラーも提唱する「共同体感覚」という光を手がかりに、この崩壊した現代日本が抱える問題の根源を探り、私たちが真の「幸福」を取り戻すための道筋を考えます。


もう、いがみ合っている場合ではありません。孤独に震えている場合でもありません。今こそ、私たち日本人は目を覚まし、再び手を取り合うべきではないでしょうか?


目次


  1. なぜこんなにも孤独なのか?現代日本の「繋がり」崩壊の現実

かつての日本には、もっと確かな「繋がり」がありました。家族は何世代も同居し、地域の人々は互いの顔を知り、祭りや共同作業を通じて、良くも悪くも濃密な人間関係の中で生きていました。それは時に窮屈だったかもしれませんが、一方で、困った時に助け合える安心感、自分が「ここに属している」という感覚を与えてくれていたはずです。


しかし、戦後の高度経済成長、都市化の波、核家族化の進行とともに、そうした伝統的な共同体は急速にその姿を変え、あるいは失われていきました。人々は生まれ育った土地を離れ、匿名性の高い都市で暮らすようになり、隣に誰が住んでいるのかさえ知らない、という状況も珍しくなくなりました。さらに追い打ちをかけたのが、インターネットとSNSの爆発的な普及やコロナでした。私たちはいつでもどこでも、世界中の人々と繋がれるようになりました。しかし、その手軽な繋がりは、本当に私たちの孤独を埋めてくれているのでしょうか?画面越しの「いいね!」やコメントは、一瞬の承認欲求を満たしてくれるかもしれませんが、リアルな温もりには代えられません。むしろ、常に他人の「キラキラした部分」を見せつけられ、自分と比較して落ち込んだり、表面的な関係性に疲弊したり…。SNSは、見せかけの繋がりを提供する一方で、人々の間の溝を深め、孤独感を増幅させている深刻な側面を持ち合わせています。


驚くべきことに、日本は経済的には先進国でありながら、国民の幸福度は他の先進国に比べてダントツで低いという調査結果が繰り返し報告されています。モノは豊かになったけれど、心は満たされない。この「豊かさの中の精神的な貧困」の根底には、人と人との確かな繋がりの喪失、つまり**「共同体感覚」の崩壊**があるのではないかと、私は強く疑っています。もはや貧困国とも言われる日本、物資的にも精神的にも、このまま何も満たされない最悪の貧困国と化していくのでしょうか?


活気ある過去の日本

  1. 互いを傷つけ合う… 対立と分断が蔓延る社会

繋がりが希薄になった社会は、どこへ向かうのでしょうか?残念ながら、今の日本を見ていると、人々が互いに寛容さを完全に失い、対立し、分断を深めているように見えてなりません。日本の社会には、良くも悪くも「同調圧力」が強く働く側面があります。「みんなと違う」ことを恐れ、出る杭は打たれる。その息苦しさが、他者への不寛容や些細な違いをあげつらう批判的な空気を生み出しているのかもしれません。


かつては、地域の長老や会社の先輩といった「タテの関係」が、ある種の秩序や安定をもたらしていた部分もありました。しかし、社会がフラット化し、そうした関係性が薄れる中で、私たちは互いに遠慮し合い、本音でぶつかることを避け、**表面的で希薄な「ヨコの関係」**しか築けなくなっているのではないでしょうか?

そして、その歪んだ空気は、SNSという匿名空間でさらに増幅されます。顔の見えない相手への誹謗中傷、正義感を振りかざした一方的な断罪、特定の意見だけが響き合う閉鎖的なコミュニティ(エコーチェンバー)…。そこでは、建設的な対話は失われ、憎悪と分断ばかりが生まれているように見えます。


政治、経済、世代間、地域間…あらゆる場面で対立が煽られ、人々は「自分さえ良ければいい」という思考に陥っていく。今のアメリカ政権(トランプ)も、その象徴的な存在です。このままでは世界が、日本という共同体そのものが、内部から完全に崩壊してしまうのも時間の問題。そんな危機感を抱かずにはいられません。これは、一部の「愚かな人」の問題ではなく、私たち日本人全体が向き合うべき、深刻な病なのではないでしょうか?


  1. 希望の光「共同体感覚」とは?アドラー心理学からの処方箋

この息苦しく、分断された現状を打破する鍵は、どこにあるのでしょうか?私は、そのヒントが、心理学者アルフレッド・アドラーが提唱した**「共同体感覚(Gemeinschaftsgefühl)」**にもあると考えています。難しく考える必要はありません。共同体感覚とは、簡単に言えば、「自分は、この広大な世界(共同体)の中で、孤独な存在ではない。ちゃんと自分の居場所があり、仲間がいて、誰かの役に立っているんだ」と感じられる感覚のことです。


アドラー心理学では、この共同体感覚こそが、人間のあらゆる悩みを解決し、真の幸福をもたらす鍵だと説きます。そしてこの感覚は、主に以下の4つの要素で成り立っているとされています。

  1. 自己受容:良い自分もダメな自分も、ありのままに受け入れること。「自分はこれでいいんだ」と思える感覚。

  2. 他者信頼:他人を、敵ではなく「仲間」だと信じること。疑うのではなく、基本的に信頼する姿勢。

  3. 他者貢献:見返りを求めず、他者や共同体のために「自分にできること」をすること。「自分は誰かの役に立っている」という実感。

  4. 所属感:「ここに自分の居場所がある」「自分はこの仲間の一員だ」と感じられる感覚。


これらは決して「個性を殺して集団に埋もれろ」という話ではありません。むしろ逆。まず自分自身をしっかりと受け入れ(自己受容)、その上で、他者を信頼し(他者信頼)、自分にできることで貢献していく(他者貢献)。その結果として、「ここにいても良いんだ」という安心感(所属感)と幸福が得られる、という順番なのです。自分と他者は違う存在であると認めつつ(自立)、それでも私たちは繋がっていて、互いに貢献し合える仲間なのだ(協調)と信じること。それがアドラーの言う共同体感覚であり、日本人、人間の本質ではないだろうか。


  1. 「崩壊」から「再構築」へ! 私たち一人ひとりにできること

「共同体感覚が大切なのは分かった。でも、こんな社会でどうすれば…?」そう思うのも無理はない。社会全体を変えるのは難しいかもしれません。しかし、私たち一人ひとりが意識を変え行動することで、身の回りから変化を起こしていくことは可能です。アドラー心理学の知恵も借りながら、今できることを考えてみましょう。


  • ① まずは自分自身を「それでいい」と受け入れる(自己受容)

    他人と比べて落ち込んだり、できない自分を責めたりするのをやめませんか?完璧な人間なんていません。弱さも欠点も含めて、「これが今の自分」と、まずは自分が自分の一番の味方になってあげましょう。

  • ② 疑う前に信じてみる勇気を持つ(他者信頼)

    人間関係で傷ついた経験があると、つい人を疑ってしまいがちです。でも、最初から「どうせ裏切られる」「分かり合えるはずがない」と壁を作っていては、繋がりは生まれません。無条件に、とはいかなくても、「この人も仲間かもしれない」と、少しだけ信じることから始めてみませんか?

  • ③ 見返りを求めず小さな「貢献」を意識する(他者貢献)

    「誰かの役に立ちたい」「何かの役に立ちたい」という気持ちは、多くの人が持っているはず。大それたことでなくてもいいのです。家族に「ありがとう」と伝える、職場で困っている同僚に声をかける、地域を清掃してみる…。ほんの少しの行動でも、「自分は貢献できている」という感覚は、心を温かくし、自信を与えてくれます。

  • ④ 心地よい「繋がり」の場を探してみる

    かつての地域共同体だけが「共同体」ではありません。趣味のサークル、オンラインコミュニティ、ボランティア団体、学びの場…。あなたが「ここにいたい」「この人たちと繋がりたい」と思える場所は、きっとどこかにあるはずです。勇気を出して、新しい繋がりを探してみましょう。

  • ⑤ 「違う」ことを恐れず「対話」と「共感」を心がける

    意見や価値観が違う相手を、すぐに「敵」と見なしていませんか?なぜ相手はそう考えるのか、背景にどんな想いがあるのか、少しだけ想像してみる(共感)。そして、批判や論破ではなく、互いの違いを理解しようとする「対話」を試みてみませんか?すぐに分かり合えなくても、その姿勢そのものが、分断を乗り越える一歩になります。


日本人目醒めよ

  1. 日本人目醒めよ!「共同体感覚」を取り戻し真に幸福な未来へ

私たちは今、大きな岐路に立っています。このまま孤独と分断を深め、互いを疑い、傷つけ合う社会を進むのか。それとも、勇気を持って再び繋がりを取り戻し、支え合い、共に未来を築いていくのか。


私は、後者を選びたい。そして、私たち日本人には、それができるはずだと信じたい。アドラー心理学も示す「共同体感覚」は、決して難しい理想論ではありません。それは、私たち一人ひとりが、自分を受け入れ、他者を信頼し、ささやかでも貢献し合うことで、誰もが「ここにいても良いんだ」と感じられる社会を、自分たちの手で創り上げていくための、実践的な知恵なのです。失われたように見える「日本の心」、それは互いを思いやり、助け合い、共に生きるという、まさに共同体感覚そのものではないでしょうか。


もう、孤独に震えるのはやめましょう。SNSで誰かを攻撃するのもやめましょう。今こそ、私たち日本人は、その内なる「共同体感覚」を呼び覚まし、団結する時です。対立ではなく対話を。批判ではなく共感を。そして、自分と、隣にいる仲間を信じる勇気を。


一人ひとりの小さな一歩が、この「崩壊」したかに見える現代日本に、再び温かい繋がりと、真の幸福をもたらすと信じて。未来は、私たちの手で変えられるのですから。


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